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よく生きる

現代社会について語るブログ

日本の将来像・世界の将来像

先日、僕が師事していた先生にキャンパス内で出くわした。お互いに時間があったので、近況報告も兼ねて90分ほど話をした。僕自身の現在、今後の展望といった話から個人的な社会観の話につながり、その中で先生から多くの貴重な言葉をいただいた。僕はその折にある質問をした。

 

「先生は日本の将来はどうなるとお考えですか。」

 

浅はかで漠然とした質問であるとは自覚していた。先生は国内最高クラスの経済学者ではあるが、数理的な理論の分野を専門にしている。このような質問は実際の社会を観測してアプローチしている学者にすべきだろう。

だから僕は、自分よりも深い教養や思考を身に付けている一個人の意見を聞いてみようというつもりだった。

 

「“将来”ですか・・・」

 

先生は少し歯切れ悪そうにした。教授という知的権威の言葉には、時には人の人生を左右してしまうほどの影響力がある。また、そこに個人的な主義主張が含まれてはならない。先生はそうした自戒から、慎重に言葉を選んでいるようだった。

 

「将来といっても曖昧ですね。では具体的に先生が思う20~40年先の日本の社会像を聞かせてください。」

 

「・・・これは10年前までの意見ですが、かつての日本がそうであったように、多くのアジア諸国が大国の力の下で発展を遂げるでしょう。グローバル化というのは市場の一体化ですが、それが進行すれば先進国の特権的立場が失われることになります。そうした世界の中で日本のアドバンテージは・・・(ない)といった感じですね。」

 

これは僕の社会観と一致していた。資本主義が続き国家が経済を重視する限り、企業は強大化していく。多少の反対勢力はあってもグローバル化は進行し続けるだろう。人口減が始まった日本において労働力が他国から流れてくること未来は想像に容易い。アジアの後進国から来た出稼ぎ労働者は(日本人の感覚では)低賃金であっても喜んで働くし、日本に来る大卒の労働者は日本人の大卒などよりも高い英語力を持つ。また、日本は世界の中でビジネスがやりにくい国である。規模が減少していく市場をターゲットにしてビジネスをやろうという酔狂な企業はそうそういないだろう。そうなると残された手は日本人が自国でイノベーションを起こし、新たな雇用を創出することだが、日本人の気質は和を重んじ、空気を読み、右に倣い、無難に済まそうとする。それに加えてベンチャーを支援する制度は乏しく、失敗を許さない社会である現状を見るに、自国内にイノベーションに期待するのは難しいだろう。

 

「10年前、ということは、今はそうは考えていないということでしょうか。」

 

「ええ。今現在起きている反動のこともありますが、案外「言語」の障壁としての役割が大きいのではないかと考えています。」

 

「言語、ですか。」

 

「例えば、研究発表などで新しい理論を打ち出した時、英語が完璧であっても日本人学者の主張が国際的に認められることは少ないのですが、それは私達と英語圏の人間が感覚的、文化的に異なっているからだと思っています。例え話一つ取ってみても、感じ方が違い理解されない。現に日本の研究者で評価されているのは、そういう感覚が要らない数理系の方ばかりですよ。他にも、テロやマフィアが日本に入ってこないのも言語が大きな障壁になっているからだと思いますよ。」

 

会話の内容の概要なこんなものだったと思う。

 

確かに「言語」は大きな障壁だと思う。しかし、僕はそれが世界の市場の一体化を阻むに足りる力を持つとは到底思えなかった。現在起きているグローバル化への反動もそうだ。最近はトランプ大統領のニュースを頻繁に見るが、強引なやり方とマスコミを敵に回すスタイルは、指導者としてあまりにも危うく、彼が円満に任期を務めあげるのは難しいのではないかと思う。(反グローバルである以上マスコミに反対されるのは仕方ないが。)トランプ大統領の次の政権がどうなるかは分からないが、きっと自国第一主義は踏襲しても反グローバル主義は継続しかねるのではないだろうか。

いや、そもそも反グローバル主義を掲げるのは成長が止まった先進国の一部であり、今後成長し影響力を増していく中国やインドといった国家ではありえないだろう。パワーバランスが変わった後も、世界を形成するのは依然としてグローバリズム推進派の国々だろう